プールヴァ・ファルグニーの性格・恋愛・仕事の傾向

今この瞬間が楽しくてたまらない。あの人にとっては、いつだってそれがすべてなのだ。

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プールヴァ・ファルグニー(Purva Phalguni) ── 今を生きる者

プルヴァ・パルグニー、プールヴァ・パルグニー と記載されることもある。

プールヴァ・ファルグニーは獅子座13度20分から26度40分に位置し、支配星は金星、司る神格はバガである。象徴は寝台の前脚。ガナは人族。

▶ 参考記事:ナクシャトラの三つのガナ ─ 神族・人族・羅刹族


寝台の前脚とは、宙に揺れるハンモックとも言われる。悦びに身を委ね、くつろぐための場所であり、あとに来るウッタラ・ファルグニーの寝台の後脚と、対をなしている。名の「プールヴァ」は「先の、かつての」を意味し、「ファルグニー」は、赤みを帯びた星、あるいは実りを蓄える無花果(いちじく)の木を意味するとされている。

プールヴァ・ファルグニーの核にあるのは、「今、目の前にある悦びを、余さず受け取る」という感覚である。バガ神は、古典では「世界を支える者」「富を与える者」のように讃えられ、功徳に応じて悦びを人々に分け与える神とされる。この人たちが今この瞬間に注ぐ集中は、単なる快楽への耽溺ではない。「今、自分に差し出されている悦びを、きちんと受け取ろう」とする、ある種の律義さに近いものである。

目の前のことに、心を奪われる人

プールヴァ・ファルグニーの人をよく観察すると、目の前の一つのことに、驚くほど深く入り込んでいることに気づく。会話であれ、食事であれ、遊びであれ、その瞬間だけがすべてであるかのように、全身でそれを味わっている。傍にいるだけで、今という時間そのものが、少しだけ贅沢なものに変わると感じさせる。それは演技ではない。この人にとって「今」を本気で楽しむことは、次の瞬間への準備ではなく、それ自体が目的なのである。

古典では、この人たちは陽気で、親切で、情に厚い性質を持ち、芸術や音楽、感覚的な悦びを好み、人を惹きつける魅力を備えているとされる。ただし、その同じ性質が行き過ぎたとき、虚栄・怠惰・耽溺・自己陶酔という形で裏返ることも、同時に記されている。

もう一つ、意外に思うかもしれないが、プールヴァ・ファルグニーは、古典では、「激しい」ナクシャトラに分類されている。悦びとくつろぎを司るこのナクシャトラが、なぜ激しいのか? 伝統的な解説では、その激しさは、休息やくつろぎ、楽しみを外から妨げられたときに現れるとされている。今この瞬間の悦びに深く入り込んでいるからこそ、それを断ち切られることは、耐えがたいことなのである。

見えなくなった神

この寛大さと危うさの理由を、バガ神にまつわる一つの神話が伝えている。古典では、ダクシャという神が催した大きな祭祀の場で、バガ神は祭官の一人として、その場にいたとされる。だが、その祭祀は惨劇に終わり、バガ神は、その場で目を傷つけられ、光を失った。

目を失ったバガ神は、それでも変わらず、富と悦びを与え続けた。ただ、相手の徳や真心を確かめる術は、もう失われていた。功徳を見極めて分け与えていたはずの神が、求められるがままに分け与える神になった。

悦びを分け与えることが、時に見境のなさへと転じてしまう。この神話は、プールヴァ・ファルグニーの寛大さが抱えている危うさを、静かに言い当てている。

遠回りの、実直さ

プールヴァ・ファルグニーの人が仕事において力を発揮するのは、自分一人で悦びを味わう場面よりも、悦びを他者と分かち合う場面である。伝統的な解説では、芸能・音楽・舞台芸術・もてなし・婚礼にまつわる仕事が、このナクシャトラと強く結びつけられている。神格バガが婚姻の幸福を司ることから、婚礼やイベントを手がける仕事は、この人たちにとって最も自然な領域の一つとされる。

一方で、この人たちは命令に従うことを好まず、自分のやり方を貫こうとする傾向がある。これは上司との衝突や、昇進の遅れという形で表れることがあるという。決まりきった仕組みの中で働くよりも、自分の裁量が生かせる環境でこそ、力を発揮しやすいのだろう。転職や配置換えを繰り返しながら道を探ることも多く、キャリアが安定するのは40代半ばを過ぎてからだとされる。それでも、他者を犠牲にして利益を得ることを受け入れない実直さが、後になって周囲からの信頼につながっていく。

恋愛・パートナーシップにおいて

金星は本来、愛や美、心地よい結びつきを司る惑星である。今この瞬間の悦びを余さず受け取ろうとするこのナクシャトラの性質は、恋愛という場面にも、そのまま表れる。

この人たちの愛し方は、惜しみない。相手を喜ばせるために趣向を凝らし、贈り物をし、関係そのものを一つの祝祭のように演出しようとする。これは打算ではない。愛する相手が「今」悦びを感じているかどうかが、この人にとって何よりも大切なことだからである。

この人たちが向き合う課題は、「今」に生きる才を持ちながら、その先まで愛情を保てるかどうかにある。出会ったばかりの高揚は、この人たちにとって最も得意な領域である。しかし、その高揚が静まったあとも関係を続けていくには、「今」だけを見つめる目を、少しだけ先の時間にも向ける必要がある。それができたとき、この人たちの惜しみない愛情は、一過性の祝祭ではなく、長く続く豊かさへと育っていく。


バガ神の名である「バガ」は、「分け与える」ことと、「自らの取り分を受け取る」ことと言われている。受け取ることと与えることは、もともと切り離せない一つの行為なのである。

だからプールヴァ・ファルグニーを理解する鍵は、悦びを受け取ろうとするその姿勢の奥に、それを分かち合いたいという思いを読み取ることにある。

誰かと共にあるとき、この人の悦びは、初めて完成するのかもしれない。

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